RETURN TO NOVELS




10

時は満ちた。
すべての扉が開かれる。
立ち上がるのだ。
さあ、弱き者よ――



あれから三日が過ぎた。
二人の間に会話はなく、ただ酷く息苦しい時間だけが流れていた。
祐希が昴治を抱いた翌朝。
目を覚ましてみると、ベッドの中に昴治の姿はなかった。
ゆっくりと、痛む体を起こす。
部屋の中も人の気配はなくシンと静まり返っていた。
出ていったのか。
当然の結論に、祐希は痛みすら感じなかった。
どうせあの男が迎えにくれば帰ってしまうのだ。
それが少し早まっただけのこと。
いや、もしかすると初めからこういう算段だったのかもしれない。
だから何も気にすることなんてない。
悲しむこともない。
しかし、その時だった。
軽い音を立ててドアが開く。そして。
「あ、祐希。起きたか…?」
小さなかごに野菜を入れて、昴治が入ってきた。
あまりに普段通りなその様子に、逆に驚く。
「朝ご飯、食べるよな?」
問われて頷きかけ、だが祐希はぐっとそれを押し留めた。
わからない。
昴治が何を考えているのか。
昨日あんなことがあったばかりなのに、
その相手にどうして普通に接することができる?
…そうだ、きっとそれは、もう彼が腹を決めているからだ。
自分が何をしたって、もうあの男と帰るのだ、きっと。
だから、祐希は問いには答えずベッドを出た。
「祐希…?」
問いかける昴治を無視して狩りの準備をする。
そのまま一度も顔を合わせず、一言も言葉を交わさずに、祐希は家を出た。
それから三日。
祐希は夜になれば家へ帰ったけれど、繰り返し話し掛ける昴治をずっと避け続けた。
彼の必死な様子に何か大事なことを話そうとしているのだと気付いてはいたけれど、
そんなもの聞きたくもなくて。
彼の作る食事にも手をつけず、まっすぐにベッドに入って寝る。
そして起きればまた外へ行く。
そんな無駄な時間を過ごし、昴治との会話がないままで、とうとうその夜はやってきた。


暗い夜。
月はなく、ただ暗い闇だけがあたりに満ちていた。
外も家の中も、同じくらいに静まり返っていてとても苦しい。
祐希は俯いたまま昴治に背を向け、
昴治はそれでも何か言おうと何度も口を開いては言葉にできずにそれを飲み込んでいた。
やがて。
コンコン。
ドアをノックする音がして、ビクリと昴治の肩が撥ねた。
その心を感じたように、ランプの炎が小さく揺れる。
昴治は祐希を見た。けれど祐希にドアを開ける意思はなく、座ったまま動かない。
もう一度ドアがノックされる。
昴治は俯いて椅子を立ち、ゆっくりとドアを開けた。
「や。」
静かな笑みを浮かべて立っているのは、昴治が「イクミ」と呼んだあの男。
「決まったよね。」
謡うような声で尋ねる男に、昴治は俯き一度そっと祐希を見てから、
諦めたように小さく頷いた。
「行くよ…。お前と。」
「そっか…。」
昴治が行くと言ったのに、男の声は少し沈んでいたように聞こえた。
戸口から家の中を振り返り、昴治は言う。
「じゃあ…。祐希、ずっと…ありがとう。…何もしてやれなくてごめんな……。」
辛そうなその声にも、祐希は振り向かなかった。
もう何の感慨もない。
早く行ってしまえと、祐希は心の中で呪詛のようにそれだけを繰り返す。
「ごめんな、祐希…。」
「…行こう、昴治。」
瞳を閉じた昴治を、男が促す。
小さく頷いて、昴治は男と共にそっと家を出た。
…パタン。
軋んだ音を立てて、ドアが閉まる。
その瞬間だった。
その音が耳に届いた瞬間、言いようのない喪失感が祐希を襲った。
心臓が弾けそうなほど早く鳴って、見る間に不安が膨らんでゆく。
追いかけるんだ…!
耳の奥から誰かが叫んだ。
行ってしまえなんて嘘。
ずっと一緒にいたかった。
離れないで、ここにいて。
ここにいてよ…!
転がるようにして、祐希はドアに駆け寄った。
乱暴にドアを引き、抗議するように軋んだそれを無視して一歩外へ。

そして、彼は見た。

…目の前に広がるその光景を。
残酷な真実を。


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---------------------------------補足ぅ!
またまたお待たせしましたの10話目です。
もういろんな処がいろんな意味でノーコメントです。
なんだか半端ですみません。
次は早めにUPできればいいなあと思う所存。


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