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ただ君の背中を染めるオレンジ



少し背中を丸めて足早に街を歩く。
吹き抜ける北風は冷たいけれど気持ちがよくて、直人は立ち止まり空を見上げた。
所々に浮かんだ雲たちも、急いで街を横切っていく。
視線を落とせば、厚いコートを着込んだ人々の足取りも早く、
たくさんの靴の音が雑然と辺りに満ちていた。
その様子に軽く肩をすくめると、直人はコートの襟を立ててまた歩き出す。
人々の間をすり抜けて自宅へ。
その途中にある小さな公園の前で、直人はふと足を止めた。
人気のない公園に見知った人影。
ベンチにぽつんと膝を抱えて座る姿が気になって、
自分らしくもないと呆れながら直人はそっと公園に入っていった。
「おい。」
すぐ傍まで近づいて声をかける。
大げさなほど驚いて振り返った少年は彼を見るとさらに目を丸くした。
「直人さん…。」
別に足音を消していたわけでもないのに気付かなかったなんて、相当物思いにふけっていたのだろう。
「シオン…だったな。」
「はい!」
人の顔と名前を瞬時に記憶するのは、
力を手に入れるため、もっと上へとのし上がるために身に付けた特技だ。
だが、シオンは自分を覚えていてくれたことがよほど嬉しかったらしく、
満面の笑みで直人の言葉に答えた。
…調子が狂う。
そっと息を吐きながら、直人はシオンがいそいそと開けたスペースに腰掛けた。
はずみで声を掛けたものの、
今までこういう種類の人間が周りにいたことがなかったからどう対応していいか分からない。
年末に「仕事」を依頼しに行った時もゆっくり話す時間などなかったから、
年の割に子供っぽいという印象しか受けなかった。
何を言うべきかと戸惑っていると、シオンが首を傾げながら彼に問い掛けてきた。
「直人さん、どこかへお出かけですか?」
「ああ…。今日は、非番だからな。」
「どこに行くんですか?」
「行ってきた。買い物だ。」
ふうん、と相槌を打ちながら嬉しそうに自分を見るシオンに、直人は「なんだ」と肩の力を抜く。
こんな話題でいいのか。
そういえば、ずっと言葉を駆け引きの道具にしてきたからつい構えてしまっていたのかもしれない。
「なんか、直人さんがお買い物するなんて、ちょっとフシギな感じです。」
「…俺だって普通に生活してるんだがな。」
「あははっ。そうですよね。」
膝を抱えたまま、シオンはクスクスと笑う。
「でも、直人さんと会うのっていっつもロンダーズが出た時だから、
何もないときに会うのがちょっとフシギなんです。」
そうかもしれない。と直人は思う。
自分だって、こうして特に用事があるわけでもないのに
公園でこの少年と二人でいるなんて、想像したこともない。
そういう意外な感覚を、この少年はフシギだと言ったのだろう。
考え込んでしまった直人に、シオンがきょとんとまばたきをする。
「あの…変、ですか?」
「いや…。」
顔を上げて、直人は答えた。
「俺も…そう思う。」
一言言ってやると、シオンはまた嬉しそうに笑った。
無邪気に見つめてくる視線に居た堪れない気持ちになって、直人は気をそらそうと口を開いた。
「で?おまえは、ここでなにをしてるんだ?」
と、とたんにシオンが気まずそうにうつむいて、その質問が失敗だったことを知る。
「詮索するつもりはない。都合が悪いなら答えなくてもいい。」
”すまん”と言う代わりに、直人は早口に言った。
だが、シオンはかえって申し訳なさそうな表情で顔を上げた。
「いえ、違うんです。」
そして、少し逡巡してから思い切ったように話し始めた。
「時々…ホントに時々なんですけど、今でも不安になることがあるんです。
僕なんかがタイムレンジャーでよかったのかなあって…。僕が…。」
そうだ。浅見竜也と一緒にいる連中は30世紀から来たのだった。そう、この少年も。
慣れない20世紀で囚人達と戦う毎日。
いつ死ぬかもしれない中にあって、不安にならないほうがムリというものだ。
けれど、続く言葉は直人の想像したものと少し違っていた。
「僕が、竜也さんたちと一緒にいていいのかなあって…。」
「なに…?」
思わぬ言葉に目を眇めた直人に驚いたのか、シオンがビクリと身を竦ませる。
「あ、いや…続けてくれ。」
慌てて先を促すと、またぽつりぽつりと話し始める。
「はい…。あの、僕は竜也さん達みたいに強くないし…あんまり戦闘になると役に立たなくて。
みんなはすごく良くしてくれて、だれもそんなこと言わないけど、
ホントは迷惑だったらどうしようって、思うときがあるんです。」
ドモンさんには怒られちゃったんですけどね、と苦笑する少年に直人はなぜか目を向けられなかった。
直人の見る限り、特に彼が足手まといになっていたという記憶はない。
一度、ロンダーズの囚人を庇ったことがあったが、今思えば彼の言っていたことも間違いではなかったし、
自分も少々短絡的だったと思うところもある。
だから、直人にはシオンがそこまで己を卑下する理由がわからなかった。
過去に何かトラウマになることでもあったのかもしれないが、あくまでそれも想像の域を出ない。
「だったら…。」
低くつぶやいた直人に、シオンが「なんですか?」と問う。
「だったら、シティーガーディアンズに来るか?」
「えっ…。」
それは彼にとって相当意外な問いかけだったらしく、ぽかんと口を開けて直人を見返している。
直人からすれば、意外でも何でもないことなのだが。
「忘れたのか?もともと浅見会長はあんたらをシティーガーディアンズに迎え入れようとしていた。
いわば戦力を増強させるためだが、おまえが戦闘は嫌だと言えば整備部隊の所属にでもしてもらえるだろう。
30世紀の人間なら、この時代のメカなんざお手のもんだろ?
戦力もさることながら、今シティーガーディアンズに必要なのは、
ロンダーズに対抗できるだけの科学力だからな。
喜んで迎えられるだろうよ。」
「あの、僕は…。」
「希望すれば、すぐにでも研究主任になれるだろう。金の不自由もないし、寮もあるから路頭に迷うこともない。
都心の新築マンションに一人暮らしだ、そんなに悪い話でもないと思うがな。」
何か言いかけたシオンをわざと無視して言う。
戸惑いながら聞いていたシオンは、一人暮らしという言葉に大きく反応した。
思い出したくない過去が脳裏をよぎる。
無機質な研究所。
研究員達の好奇の目に晒されて、ひとり。
愛情らしきものを与えられた事もなく、あるのは身勝手な期待とモニタの中に映る世界だけ。
どれだけ心細く寂しかったことか。
できればあんな思いはもうしたくはなかった。
だから、自分に普通に接してくれる竜也達との生活が本当に楽しかったのだ。
20世紀に取り残されても、戦いでどれだけ傷ついても、
自分を受け入れてくれる仲間がいることに比べれば、正直たいしたことではなかった。
だが、もしシティーガーディアンズへゆけば、きっとそうはいかないだろう。
30世紀の人間で、それも”宇宙人”となれば研究者としてだけではなく、
研究対象になるであろうことは火を見るより明らかだ。
「僕は…。」
膝を抱えうつむいて。
かすかに背中を震わせる少年を、直人は黙って見ていた。
シオンが何を思っているのか、直人には詳しくはわからない。
けれど、確実に痛いところをついたという自信はあった。
なんだかんだ言ったところで、竜也達のもとを離れたくなどないのだ。
だったら傍にいればいい。それだけのことなのに、何を思い悩むことがあるのだろう?
しかし、自分も変だと思う。この少年にここまで気を配ってやる必要など、自分にはないはずなのに。
それでも、まんざら悪い気もしない自分に、直人はこっそり肩をすくめた。
「おい。」
フッと息を吐きながら声を掛けると、気が削がれたのか少々ぼんやりした表情でシオンが顔を上げた。
まるで捨てられた子犬のようなその表情に呆れたようにため息をついてから、
直人は背負ったままのバッグから何かを取り出した。
どこかの店の袋に入れられたそれは、白いマフラー。
特に綺麗な模様があるわけでもなかったが、ふわふわしてやわらかそうなマフラーにシオンは目を奪われた。
クリスマスツリーに飾った綿の雪も、確かこんなだった。思い出して目を細める。
そんなシオンに、直人は口の端を少し持ち上げると、値札をちぎりとったマフラーを無造作に巻いた。
自分にではなく、シオンに。
突然のことに、シオンは目を瞬かせて直人を見上げる。
「なかなか似合うな。」
「直人さん…?」
「そいつは、おまえさんにやるよ。」
「え…?」
戸惑うシオンから直人はふいと視線を逸らし空を見上げた。
「なんとなく気に入って衝動買いしたんだが、あいにく俺には似合わない色なんでな。
おまえさんがいらないっていうのならそいつはタンスの肥やしになるだけなんだが。」
「あっ、いえ、いります!!欲しいです!」
思わず身を乗り出したシオンに、直人は反射的に体を引いて「そうか」と答えた。
「あの、僕お金払います。ただでもらうのは申し訳ないですから。」
続くシオンの言葉に、フンと鼻を鳴らす。
身を乗り出してくるのは予想外だったが、そう言うだろうというのは予想の範囲内だった。
大きな動作で足を組替えると、苛立ったふうに声のトーンを落とす。
「聞こえなかったのか?俺はやると言ったんだ。売るとは言っていない。」
「でも…。」
「そうか、いらないなら…。」
「わーーっ!いります、いりますー!!」
いちいち自分の言葉を本気に取って反応するシオンに、直人は思わず声を上げて笑ってしまった。
怒ったかと思いシオンを見るが特に気にした様子もなく、
かえって直人が笑ったことが嬉しいのかにこにこと自分を見つめていた。
たぶんよくわかっていないのだろう。
「ありがとうございます、直人さん。」
「こっちこそ。こいつをもらってるからな。」
さりげなくポケットから取り出して見せる。
大晦日に当のシオンから贈られた…というのは大げさだろうが、赤いエンブレムの囚人監囚用の装置だった。
「あ…。持っててくれたんですか?」
「いつロンダーズが現れるかわからないからな。」
「それもそうですね。あーあ、お腹すいちゃったなあ。」
「子供はエネルギーの消費が激しいからな。」
「僕はもう、子供じゃありませんよ!」
「…そうなのか?」
「そうですよ!」
ひどくゆったりした気持ちでたわいもない話をしながら、直人はふと長い影を従えて走る人影に気がついた。
公園の入り口で立ち止まり、体全体で深呼吸をしてからゆっくりと歩いてくる彼らの目的は一つだ。
「おまえ…さっき迷惑だと思われてたらどうしようとか言ってたな。」
「あ…はい…?」
「部外者の俺から客観的に言わせてもらっても、迷惑だと思ってるやつを探して走り回ったり、
ましてたまたま一緒にいただけの人間をあからさまに胡散臭そうな目で睨みつけたりはしないと思うんだがな。」
「…?」
心なしか後半声を大きくして言う直人に首を傾げたシオンだったが、
「シオーン!」
背後から掛けられた声に振り向いて驚いたように目を見開いた。
「ドモンさん、竜也さん。どうしたんですか?」
「どうしたじゃねーよ…。なかなか帰ってこねーから、心配して探してやってたんだぞ?」
怒ったみたいに言って、ドモンはシオンを引き寄せそのままプロレスの技を掛ける。
力は入っていないが綺麗に入ってしまったらしく、「ギブです!ギブ!」ともがくシオンに
竜也が、直人をチラリと見てから言った。
「連絡しても出ないからさ。何かあったのかと思ったよ。」
「あ…。さっきチラシ配ってた時、転んでぶつけちゃって…クロノチェンジャーちょっと変になっちゃったんです…。」
「転んだだぁ!?オマエほんっとドジだなあ…。」
「すいません…。」
呆れるドモンに咎めるような視線を送って、竜也はしゅんとするシオンの頭をなでてやった。
「まあ、とにかくなにもなくてよかったよ。」
「そうそう。そんな気にすんなって。な?」
「おまえが言うなよ。」
調子のいいドモンに、竜也が呆れて文句を言う。
言われたドモンも不満顔。
そんな二人を見ていたシオンは、不意ににっこりと笑って彼らの腕に抱きついた。
「はい!気にしてません!」
にらみ合っていた二人はそれを見てふいっと肩の力を抜く。
と、竜也が少々ためらいながら直人に問い掛けた。
「直人は…どうしてここに?」
「さあな。」
まるであさっての方向を見て、取り付く島もない直人に、竜也はちょっとムッとする。
別に詮索しているわけではない。ただちょっとシオンが心配だっただけなのだ。
一言くらい答えたってばちは当たらないじゃないか、と思う。
「…まあ、いいけど。じゃ、行こうか。」
「そーそー。帰ってさっさとメシにしよーぜ!アヤセもユウリも待ってンぞ。」
「はい!僕、お腹すきました!」
仲のよい兄弟のように、じゃれあいながら帰路につく彼らの背中を直人はただ静かに見ていた。
ただ少し、ほんの少しだけ寂しいと思ってしまうのは無邪気な瞳にほだされてしまったからだろうか。
と、二人の間で子犬のようにはしゃいでいたシオンが不意に振り返り直人を見た。
「直人さん!直人さんの言った事、なんとなくわかった気がします!」
「そうか。」
向けられた笑みは極上で、直人は知らずかすかに目を細めていた。
それに答えるように頷いたシオンだったが、不意に瞳にイタズラな光を浮かべる。
気付いた直人が何かと問う間もなく、シオンは自信たっぷりに口を開いた。
「でも、一つだけ間違ってます。直人さんはもう部外者なんかじゃないですから!」
それじゃあさようなら、と振られた手を呆然と見送って。
やがてその姿が見えなくなったころ、直人ははじかれたように笑い出した。
「なるほど。俺も充分オメデタイってことか。」
それでも。
「それも、悪くない。」
そう思ってしまう自分に苦笑して。
ゆっくりと立ち上がると、直人は夕陽の中をひとり歩き出した。


って感じで未来戦隊タイムレンジャーいかがでしたでしょうか?(笑)
個人的にシオン君と直人好きなので、二人の話です。
だからって炎緑というわけではないのですが。
本編中あまり接点なかったから寂しかったの…。
基本的に直人はさびしんぼうさんだと思うのですが
それを自分で気付いてないみたいなところがいとおしいです。
シオン君はとにかく何をしても可愛くて…。
もう、みんなで愛でてくれ!私の分も!って感じです。
まあ、直人の結末を考えると激しく切ないのですが…
…って、その結果がこれかよ!(笑)

でも、一番の問題はアニメサイトに特撮小説載せて
わかる人が何人いるのかってことでしょうか…
ホントにすみませんです。
とかいいつつ、やたらキザで濃ゆ〜〜い直人と
さりげなくヌケまくってるシオン君が書けてめちゃ楽しかったですv
いやー特撮楽しいなあ〜(笑)


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