さがしものしくしく… すすり泣く声に、祐希は顔を上げた。 きょろきょろと通路を見渡すと、 壁のでっぱりにちょこんと座るようにして、小さな人影がある。 祐希は目を眇めて見た。 見たところ体長は15センチ以下。 虫ではない。 人形でもない。 幼稚園児の遊び着のような白いスモックを着た、人型の動くもの。 愛玩用ロボットかなにかだろうか? …顔を真っ赤にして泣きじゃくるほど性能のよい? もしかして、新しいスフィクス…とか? ふつうならそんなもの気にもしない祐希なのだが。 どうすんだ、俺…。 祐希はそっとその人影に近づいた。 「なにやってんだ、こんなトコで…」 「ふぇ…?」 顔をあげたそれに祐希は一瞬どきりとする。 似ている。 相葉昴治に。 胸が高鳴ったのを感じる。 そのときだった。 「あ〜っ!!」 嬉々として立ち上がったそれは、祐希の胸にひょいと飛び込んだ。 寸前ぽうっと白く光る。 「!?」 目を開けると、それは飛び込んでそのまま消えてしまったようで… 「…な、なんだったんだ…?」 前髪を掻きあげると、 「みつけたの。」 後ろから声がして、祐希ははっと振り返った。 しかし、そこに姿はない。 「そっちじゃないよ〜。こっち〜。」 声は至近距離。 舌打ちをして顔だけで振り向くと、それは背中にしがみついていた。 片手でひょいとそれを掴んで目の前に持ってくる。 目が合うと、それはかわいらしく微笑んだ。 「ありがとね。」 「…何がだ?」 やはり似ている。 どぎまぎしながらも、祐希は努めて平静を装って問う。 「みつけたから。」 「何をだ?」 「これっ!」 ぱっと祐希の手からはなれる。 慌てて差し出したもう片方の手のひらに、くるりと宙返りして着地した。 ふわりと揺れる白い羽根。 嬉しそうにぱたぱたさせているが、それは片方しかなかった。 「てんしなの。」 「はぁ?」 「ぼくねー、てんしなのー!」 「…。」 「でもね、はねなくしちゃって…それでかなしくってないてたら…えっと…」 少し不安そうに、見上げてくる。 もじもじした仕草に、祐希は何が言いたいのかを察した。 「『祐希』だ。」 「ゆうき?ゆうき?」 「ああ。」 「ゆうき!それでね、なくしちゃってないてたらね、ゆうきがもってたのー!」 言葉はかなり拙いが、言いたいことはだいたいわかった。 まったく…と呆れながら、それほどいらいらしていない自分に気付いて少し驚く。 少し考えて、この艦のスフィクス―ネーヤ―とノリが似ていることに気が付いた。 昴治の一番近い者だからか、祐希はわりとネーヤとの遭遇率が高い。 ―つまり、彼の兄ほどではないが多少慣れていることになる。 きゃっきゃと喜んでいる自称天使に、祐希は言った。 「で、片方だけで帰れんのかよ?」 と、はっと祐希を見上げた天使の目がとたんに涙でいっぱいになった。 手で涙を拭いながら、ふるふると首を横に振る。 そのまま、祐希の手のひらにしゃがみこんで、泣き出してしまった。 「泣いてんじゃねぇよ。」 極力怯えさせないように言うと、天使が顔を上げる。 「リヴァイアス…いや、この艦の中にいるやつが持ってればいいんだな?」 「うん…」 不安そうな天使。 保護欲をそそるとはこういうことだろうか? 「仕方ねえな…一緒に探してやるよ。」 「ほんとう?ほんとに?」 「ああ。だから泣くな。」 「うん、なかない。ありがと、ゆうき!」 「よし、じゃあ行くぞ。」 天使をジャケットの胸ポケットに入れて、祐希は通路をかけだした。 「見つかんねぇな…。」 2時間ほど探して、祐希は壁に手をつき軽く息を整えた。 ずっと走り回って探したのだが、天使の羽根なんて、そう簡単に見つかるはずもなく。 しょんぼりしている天使に、祐希は声をかけた。 「諦めんなよ。リヴァイアスは広いんだ。このくらいで見つかるなら、苦労しねぇよ。」 まるで、自分に言い聞かせているように。 「ゆうきも、さがしてる?」 「…」 「なくしたものみつからないの?」 「っ!!」 きょとんと見上げる天使。 「ゆうき?」 「…俺は……。」 ぐっと拳を握る。 「あれ?祐希?」 と、のほほんとした声に、祐希は振り返った。 「!…あ、兄貴…。」 「ん?なに?」 てこてこ歩いて近いてくる。 軽く首を傾げる仕草がかわいい。 そのとき。 「あ〜〜っ!!み〜っけっ!!」 天使が声を上げる。 「えっ?祐希、それ…。」 天使は不器用にポケットから這い出る。 と、途中足を引っ掛けて結果ころんと下へ落ちた。 「あ、あぶない!…ぅえ!?」 慌てて昴治が手を出すと、それを踏み切り板がわりに大きく跳んで昴治の胸に飛び込む。 天使の消えた辺りがぽうっと白く光った。 昴治は目をまるくして固まっている。 「て、てめえ…!兄貴!!」 慌てて祐希が駆け寄ると、 「祐希…。」 昴治はそのまま気を失った。 「ごめんね、ゆうき〜。おこらないで〜。」 「…。」 祐希はむすっとしたまま、横になっている昴治を見た。 祐希がしっかり受け止めたため怪我などはなかったし、具合が悪いようでもなかったが、 昴治はぐっすり眠ってしまっていて目を覚まさなかった。 幸い自分の部屋が近かったので、祐希はそこへ昴治を運んだのだが。 「ゆうき〜。」 「…兄貴は丈夫な方じゃないんだ。無理させんじゃねえよ。」 不機嫌そうな祐希の声に、天使がしゅんとする。 「びっくりさせちゃったから?」 「まぁ、もともと疲れてたってのもあると思うけどな…。」 「ごめんね…。でも、はねみつかったから…。」 やっと両方になった羽根をぱたぱたさせて、天使は宙に浮いている。 「ごめんね…。」 「…もういい。」 「うん…。」 そっと昴治の髪に手を触れる。 と、軽くうめいて昴治が目を覚ました。 「兄貴…。」 「ん…祐希…?」 瞬きをして辺りを見回す。 「え〜っと…ここは?俺、どうしたんだっけ?」 見回して、ふと浮いている天使に目をとめた。 「…たしか死んだりはしてないと思ったんだけど?」 「バカか。」 祐希がフンと鼻を鳴らす。 天使はふわりと飛び上がって昴治の前に舞い降りた。 「えっとね、ありがと!」 「……?」 ワケのわからない昴治は目で祐希に説明を求めた。 これこれそういうわけだ、と祐希が要点をかいつまんで説明すると、 昴治は彼を見てくすくすと笑った。 「兄貴?」 「ごめん、なんでもない。なるほどね。」 手のひらにちょこんと座っている小さな天使に、昴治はにこりと笑いかけた。 「みつかってよかったね。」 「うん!」 天使も昴治が気に入ったらしく、昴治の顔に抱きついてすりすりと頬を寄せる。 ちょっとむかつく祐希。 「なぁ、だいたいなんで羽根なんかなくしたんだ?」 ふと問うと、天使は少し悲しげにうつむいた。 「だれかがね、けんかしてどっかいっちゃえ!っていったの。 もうひとりのひともね、もうしらない!っておこっちゃったの。 けんかしてるこころぴりぴりにさわったら、ぼくたちはねなくなっちゃうから。」 二人ははっとした。 それは、彼らが2.3日前に喧嘩したときのセリフと全く同じ。 そういえば、まだ仲直りしてない。 『俺たちのせい?』 静かに顔を見合わせる。 「でもね、もうあたらしいはねみつかったから!」 ふわりと舞い上がり、宙をひとまわりする。 「ありがとー!」 にこりと笑う天使に、二人は互いに顔を見合わせて少しだけ肩をすくめた。 「これで帰れるな。」 「うん!」 「…もう、なくすなよ。」 「ゆうきもね。」 「迷子になっちゃだめだよ。」 「こうじもまいごめっ、だよ。」 にこにこと天使は笑う。 「はねってね、ふたつでひとつなの。 こころにあってどきどきするひとがね、おなじじゃないとだめなの。 ゆうきはこうじどきどき。こうじはゆうきどきどき。 おんなじあったかい。」 祐希はその言葉に、異常に反応した。 「て、てめぇ!そういうことははじめに言いやがれ!!」 赤くなってうろたえている。 よくわからなかった昴治は軽く首を傾げた。 「もういくね。」 二人を澄んだ目で見つめた天使は、一際高く飛び上がる。 「気をつけて。」 そう言って、そういえばどこに帰るんだ?と二人が思ったとき。 天使はこくりと頷いて、 「ほんとにありがと!せいぼあるねからふたりにじひを!!じゃあねっ!」 ふわりと羽根をはためかせ、きらりと輝いて姿を消した。 「…。」 しばし無言で見送る二人。 何か妙な沈黙だ。 「せ…聖母アルネって…。」 言われて思い出す。 そういえばここは天王星圏だ。 「あんな天使がいるんだったら、聖母アルネの教えって結構まともなのかもね。」 苦笑する昴治。 祐希は笑えなかった。 きっとあんなのばかりはべらせているに違いない。 そりゃファイナも昴治に目を付けるというものである。 「祐希?」 昴治がいぶかしむと、 「この間のことは…とりあえず謝る。」 ふいと横をむいて祐希は言った。 「あ、ああ…。」 「…兄貴は、あーその…いや、なんでもない…。」 「…?そういや、祐希、おまえなんで天使の羽根なんて探すの手伝ってたんだ?」 「わ、悪いかよ!」 「いや…べ、別にそういうわけじゃ…。」 「だったら、いいだろうが!」 「…。」 "ゆうきはこうじどきどき。こうじはゆうきどきどき。おんなじあったかい。" 「…名前、聞かなかったな。」 「いいんじゃねぇの、天使は天使で。」 絶対『こうじ』だ、と祐希は思ったがそれは言わないでおく。 「また、そのうち会ったりして。」 「さぁな。」 それも悪くはない。 その時には、もしかしたらこの関係も少しは変わっていたりしてね。 思いながら、祐希は天使の消えた辺りを見上げた。 「報告ぐらいは、してやってもいいぜ。」 えらそうに言うと、昴治があははと笑った。 |