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みつあみ





「うーーん。」
悩んでいるようなエドの声に、アルは顔をそちらへ向けた。
「どうしたの、兄さん?何かあった?」
問い掛けると、難しい顔をした兄が左手で輪ゴムを弄びながら言った。


「髪が結えん。」
「…。」


「やあ、鋼の。よく眠れたか?」
「朝から子供扱いすんな!」
スカーに遭遇した事件から一夜開けて。
まだ危険だと言われ、その夜を東方司令部で過ごしたエドは、
様子を見に来たロイにあいさつもしないうちから叫び返した。
「その様子だと元気なようだな。」
しれっと言うロイに、軽く舌打ちをする。
「朝食はまだだろう?一緒にどうだね。」
「なんで大佐と…。」
ぷいとそっぽをむくと、見ていたアルが苦笑した。
ちなみにアルは鎧が壊れているだけでなく、
すでに荷造りが”済まされて”いるので身動きが取れない。
「兄さん、ご飯食べといでよ。お腹空いたでしょ。」
「まあ、そーだな…。んじゃ、食ってくっかな。」
仕方ないと、上着を手にしたエドの後姿を見て、
ロイがああと納得したような声を上げた。
「なんだよ?」
「いや、何か違うと思ったが、今日は髪を結っていないんだな。」
言われたエドは嫌そうに顔をしかめる。
「ほっとけよ。」
「…私は何か悪いことでも言ったのか?」
理由がわからないロイが肩をすくめると、アルがくすくす笑いながら説明した。
「結ってないんじゃなくて、結えないんですよ。片っぽしかないから。」
一瞬きょとんとしたロイは、遅れて意味を理解する。
昨日、スカーによって機械鎧の右腕を壊されてしまったので。
今のエドは左腕だけの状態だった。
自分で髪を結うことのないロイは、それに気付くのに少々時間を要してしまったのだ。
エドのトレードマークであるみつあみは片手では結えない。
みつあみだけでなく、髪を結う時点で両手を使うから、
結局エドの髪は、自然なまま肩に流されていた。
「それで朝から機嫌が悪いのか?」
「別にそんなんじゃないよ。ただ、きっちり結っとかないと気になるって言うか…
気分がびしっとしないだけだよ。」
呆れたように問うロイに、エドが大きな溜息をつく。
「ふむ…。なら私が結ってやろうか…といいたいところだが、
あいにくやり方をしらんのだ。」
「だれも大佐に頼もうなんて思ってないから安心していいよ…のわ!」
さらりと言って、エドは冗談とも本気とも付かないロイの言葉を流しつつ部屋を出ようとしたが、
その瞬間部屋に入ってきたヒューズに弾き飛ばされて、派手にしりもちをついた。
「いってぇ!」
「お、悪りぃ、悪りぃ。あんまりちっさいんで見えなかったぜ。」
「ちっさい言うな!」
入ってくるなりいちばん気にしていることを言うヒューズに、
エドはまたあいさつ抜きで叫び返す。
「あっはっは!子供はこう元気なのがいちばんだな。」
「子供扱いするなってば!」
いちいち本気で返しているエドは、
それこそが子供扱いされる原因だということに気付いていない。
「そうだ、ヒューズ。お前はできるんじゃないのか?」
と、黙ってみていたロイが、唐突に口を開いた。
「あ?何がだ?」
「鋼のは髪を結わないと機嫌が悪いらしい。」
「…。」
少々言葉が足りない気もするが、邪魔そうに髪に手をやるエドを見て、
ロイの言わんとするところに気が付いたらしい。
「自慢じゃないが、できん。」
ヒューズは堂々としかも即答した。
「だから、結ってもらおうなんて思ってないから、いいってば。」
大きく溜息を吐きながら、今度こそ食事に向かおうと立ち上がる。
しかし。
「っ!?」
瞬間、背すじを走った悪寒に、エドがぶるりと体を震わせた。
「どうした、鋼の?」
「…なんか、すごく嫌な予感がする。」
ロイの問いかけに答えたエドは、額にあぶら汗を浮かべていた。
ロイとヒューズが顔を見合わせると、
アルがドアの方を見て「あ」と声を上げる。
振り向いた二人は、そこでようやく”嫌な予感”の原因に気がついた。
「起きているか、エドワード・エルリック!」
勢い良くドアを開けて入ってきたのは、そう、アームストロングだった。
昨夜の話し合いで、兄弟の護衛のためリゼンブールまで同行することになったアームストロングは
すっかり保護者の気分で、要らぬ世話に寸分の余念もない。
「はーいはいはい、起きてますよ。」
投げやりに溜息を吐いてエドが答えると、うむと満足そうに頷く。
「着替えも済んでいるな。では朝食だ。」
「勝手に話を進めんなよ!」
強引なペースに叫び返すと、アームストロングは目を見開いてエドに詰め寄った。
「食べんというのか!いかん、いかんぞ!成長期だというのに、
そんなことだから身長が伸びんのだ!」
「余計なお世話だ!!」
青筋を立てて怒るエドにも、アームストロングはまったく動じる様子はない。
それどころか、
「見よ、我輩の肉体を!三食きちんと取ることが美しき肉体の基本!」
と、服を脱ぎ、ポーズを決めて語り始める始末。
「大佐!…っとに、ぼさっと見てないでこいつをどうにかしろよ!」
我関せずとばかり傍観を決め込んでいたロイは、
話を振られて顔をしかめたが、次の瞬間意地の悪い笑みを口元に浮かべた。
しまったと、エドが後悔していると、
「少佐、鋼のは髪が結えなくて機嫌が悪いのだ。そっとしておいてやれ。」
「そうであったのか。ならば我輩に任せるがよい!」
「…っ!」
直感的に後ずさったエドの肩を、アームストロングがむんずと掴む。
「我輩が結ってやろう。遠慮は無用だ。結い方は心得ている。」
「いらねえって!…いてー!いてー!!」
エドをくるりと振り向かせ髪を結いかけたが、
あまりに強く引っ張られて、エドが悲鳴をあげた。
「もう、いいって言ってんだろ!!」
涙目で叫び返したエドは、もう半ばヤケだった。
本人がいいと言っているのだから、もういいではないか。
だいたい、頼んでもいないのに朝から次々押しかけてきて、
口々に小さいだの子供だのと言われたのでは機嫌も悪くなるというものだ。
このまま全員追い出してフテ寝しようかと、
顔に不穏な影を落としつつ左手を握り締めると、不意にまたドアが開いた。
「朝からなんの騒ぎですか。外まで声が響いていますよ。」
「ホークアイ中尉!」
呆れ顔で入ってきたホークアイに、エドがあからさまにホッと肩をなでおろす。
「もう、こいつらどうにかしてよ!」
3人を指差した左手を大きく振りながら、エドが訴える。
失礼なと、つぶやいたロイの声は綺麗に無視した。
「どういうことですか、大佐。」
ホークアイが説明を求めると、ロイは今日3度目のセリフを口にする。
「鋼のは髪を結わないと機嫌が悪いのだ。」
「つまり朝からエドワード君をつついて遊んでいたというわけですね。」
真顔で断言されたロイは、どうやら当たりだったらしくぐうの音もでない。
「もう結構ですから、仕事に戻ってください。」
「あ、いや、しかしまだ朝食がだな…。」
「返事は?」
「…はい。」
すっかり尻にしかれている様子のロイに、エドはにやにやと笑みを浮かべた。
急下降していた気分も、ぐんと回復する。
ずっと黙って見ていたアルが、「兄さん悪だ」とつぶやいた。
「ほら、後ろを向いて。私が結ってあげるわ。」
「うん。」
これ以上からかわれてはたまらないと思ったのか、
ホークアイの申し出を素直に受けるエド。
まださりげなく部屋にいたヒューズとアームストロングがこっそり顔を見合わせて笑った。
こうしていると、エドもやはり年相応の子供だ。
普通なら当たり前の穏やかな生活から切り離されてしまった兄弟だから、
彼等が、こうしてどうということもない話題で
怒ったり笑ったりしているのを見るのはなんだか嬉しかった。
それは大人としての漠然とした贖罪の気持ちもあるのかもしれない。
年相応の子供でいて欲しいと思うから、
ついつい余計なことまで手を焼きたくなってしまうのだ。
朝、様子を見にきたりとか。
一緒に朝食を取ろうとしたりとか。
きっとみんなそう。
エドが反発するのはわかっているけれど、それでも…。
「エドワード君も、いちいち本気にしてはだめよ。」
「わかったよ。」
素直に、しかしあまり気のない様子で答えるエドに、ヒューズが声を上げて笑った。
「なんだよ?」
「いや、何でもねぇ。」
怪訝そうな表情のエドに、にやりと笑い返す。
「俺たちも年を取ったかねぇ、少佐?」
「いやいや、まったく。かないませんな。」
なにやら意気投合している二人。
エドは肩をすくめてアルを見やった。
くすくすとアルが笑っている。
その間手早く髪を結い終えたホークアイが、ポンとエドの肩を叩いた。
「はい、おしまい。」
「ありがと、中尉。」
いつもより、少し几帳面に編まれたみつあみに、
エドは気分を切り替えて顔を上げた。
「いいのよ。それじゃ、朝ご飯にしましょうか。」
「うん。でも大佐は?」
「後で持っていくからいいわ。ただし、ちゃんと仕事をしていたらね。」
「あははっ。」
厳しいねと苦笑して、エドは大きく体を伸ばした。
「んじゃ、メシ食ってくるな、アル。」
「いってらっしゃい。」
小さな兄の背中を、弟が静かに見送る。


それは本当におだやかで、少し優しい
ただそれだけのそんな朝だった。





end 



---------------------------------醜い言訳
おかしい…。 激ギャグな話のはずだったのに…。
わけわからんまま勢いだけで書いたらだんだんなんか違う感じに…。
これは最初、 「そういえば、あの腕のない間一体誰がエドの髪を結ってたんだろう」
と思ったのが始まりだったのです。
だってイーストシティからリゼンブールまで一日でいけるのかなって。
何日か掛かるなら、ずっと髪も結いっぱなしってのもないだろうし…。
だから、同行した少佐が嫌がるエドに無理やり髪を結う話にしようと思ったのですが、
パワードの外伝の影響なのか、軍部の皆さんを書きたくなってしまい…。
(でもハボさんは書けなかったね…。)
勝手に、一晩泊まったことにしてこんな風な感じに…。
いや、もう私ってカップリとかに限らず、
好きなキャラが思われてるのってだいすきなんですよ(ぬるいなぁ)。
なので、こんなエドが子供扱いされてる話になっちゃいました。
特に軍部の皆さんは大人なので、兄弟を優しい目で見てくれるしね。
まあ、それに甘えるようなエドではないでしょうけど。
うん?何を言ってるんだ、私。

ところでエドをエドワード、アルをアルフォンスと書かないのには
特に理由はありません(おいおい)
ただ、最初に書いた話(?)でアルをアルフォンスと書いたら
ちょっと文章的に語感が悪かったので…(滅)。なんとなく。
そのうちちゃんとエドワードって書いて違和感のない
シリアスとかカッコいい話とか書いてみたいです。
というか、話も言い訳も無駄に長くてすみません。


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