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6

その男は月を背にして見下ろしていた。
それらのおろかな生き物を。
それらのおろかな生き方を。


冷たく嘲笑いながら。



ひときわ強い風に、ガラス窓が大きく音を立てた。
陽はもう落ちて、口を閉ざした夜の闇が辺りを支配している。
強い風に揺れる木々はこの小さな小屋ごと軋ませるようにうめき声をあげた。
この辺りで、こんなに風が吹くのは珍しい。
昼前には空を一面覆っていた雲も、
午後から吹きだした風にすっかり閑散として、
今は大きな満月が空に輝いていた。
こんな日は、妙に胸が騒ぐ。
そう思いながらふと昴治を見やると、不安げに祐希を見つめる彼と目が合った。
「祐希…。」
「…。」
無言で立ち上がり、見上げる昴治の傍に立つ。
「…。」
そっと昴治の体を抱きしめた。
「気にすんなよ。明日になりゃ、いつも通りに戻ってんだろ。」
「そう、だよな…。」
俯いた昴治の表情はわからないけれど、安心したのだろう。
肩の力を抜いたのが解った。
「ああ。だから心配するな。」
言って、元のイスに音を立てて座りなおす。
離したぬくもりを少し惜しみながら。
見ていた昴治が小さく笑った。
「なんか、祐希が言うと何でも大丈夫そうだな。」
「そうか?」
「うん。」
その言葉に少しだけ微笑みかけた瞬間、暖炉の炎が大きく揺れて、
二人はふとその光を見つめた。
ずっと、燃え続ける炎。
しかし、一瞬たりとも同じ炎である瞬間はない。
「薪を…。」
つぶやいて、祐希はイスを立った。
「裏から薪を持ってくる。」
暖炉横に置いていた薪が少なくなっていた。
「ああ…うん。」
そんな言葉にも返ってくる声を背中に聞いて、祐希は外へ出た。


「っ…。」
強い風に伸び放題の前髪を煽られて、祐希はうっとおしそうに髪を掻き揚げた。
風は木々の間、果てしない闇の奥から終わりのない空へと掬い上げるように吹き付ける。
足元がぐらつくような感覚に、祐希は軽く背すじを震わせた。
早く薪を取って帰ろう。
そう思い走りかけた祐希の視線の端に、何かの影がよぎった。
なんだ?
顔を上げ辺りを見渡す。
そして。


「祐希…。」
不安そうに、昴治は祐希の出て行ったドアを見つめた。
「どうして…。やっぱり、俺…ダメだよ…。」
泣きそうに顔を歪めて細い体を両の腕で抱きしめる。
「祐希ぃ…。」
きゅっと目を瞑った瞬間辺りが暗くなって、昴治ははっと顔を上げた。
ランプの火が消えている。
覗き込むと、すっかり油がなくなってしまっていた。
取ってこなければいけない。
ランプの油もまた裏の物置にある。
祐希は怒るかもしれないけれど、
彼が戻ってからまた行くのは二度手間だろうと思い、
昴治はランプを持って外へ出た。
そして。


ドアの開く音がする。
それさえ聞こえずに、祐希はそのものだけを凝視していた。
昴治は、もう裏へ回ってしまったと思っていた祐希が
そこにいることに驚く。
「祐希…?」
そっと声をかけると、祐希の肩がビクリと跳ねた。
「ゆう…」
「来んじゃねー!」
いつにない祐希の鋭い声に、昴治が体を強張らせる。
そんな祐希の態度の理由を考えるより早く、頭上から低い声が降ってきた。
「見つけたぞ…!」
唸るようなその声に、昴治がはっと頭上を見上げる。
そこに人がいた。
空中から、長く青い髪を風に揺らめかせた男が
白い満月を背に、二人を見下ろしている。
右頬には深い傷跡。
それは寒気がするほど冷たい瞳だった。
昴治の持っていたランプがガシャリと地に落ちた。
ガラスが割れて、破片が飛び散る。
かたかたと震えているのが解った。
そうだ、自分が守らなくてはいけないのだ。
けれど、祐希は圧倒的な威圧感に身動きを取ることが出来なかった。
冷たい汗だけが吹き出てくる。
「フン…。ふぬけたものだな…。そんな状態で戦うというのも気が引ける。
だから…いっそ一思いに殺してやろう…!」
「…っ!!」
男の差し出した手のひらから、鋭い闇が二人に向けて放たれる。
「死ぬがいい…!!」
「!」
守るのだ。
それでも祐希は動けなかった。
一瞬意識が闇に飲まれる。



死ぬって、なんだ?



大きな爆音にはっと我に返った。
目を開けると、真っ白な光が視界を奪う。
そして光が少し収まって、目に飛び込んできたのは
昴治の細い背中だった。
「…!」
信じられない出来事の連続で麻痺した思考は状況がつかめない。
解るのは、見たものそのままだけ。
二人は暖かな白色の光に包まれていた。
その光が、男の放った闇から彼等を守っている。
そしてその光は、目の前の昴治から発していた。
昴治は両手を広げて守るように祐希の前に立っている。
普通の人のものではない。
不思議な力。
「ほう…。」
男が小馬鹿にしたように唇の端を歪ませた。
「守るというのか?お前が。」
「…。」
昴治は答えない。
ぐっと唇を噛み締め、男を睨みつけていた。
「今のお前に、何ができる?」
男がひねり潰すように、手を握った。
とたん放たれた闇が強いうねりに変わって、
押された昴治が一歩後ずさる。
祐希ははっと昴治の顔を見た。
滝のような汗が、絶え間なく頬を伝う。
顔色は蒼白だった。
今だ状況はつかめないが、こうして自分を守っていることで
昴治がかなりの負担を強いられていることだけはわかった。
けれど自分にはどうする術もない。
昴治ががくりと膝をついた。
肩を激しく上下させて、荒い呼吸を繰り返す。
それでも、男をきつく睨みつけたまま、
両手を広げ、白い光で祐希を守っている。
せめてその体を支えようと、祐希が手を伸ばしたそのとき。
不意に攻撃が止んで、祐希ははっと男を見上げた。
「なるほど…おもしろい。俺にも情というものはあるからな。
お前の想いに免じて、今日のところはこのくらいで引いてやろう。」
言葉と同時に暗い霧が男を包んだ。
霧に覆われて、男の姿が見えなくなる。
「だが次は手加減しない。覚悟をしておけ。」
そして霧と共に、男は姿を消した。
「…。」
祐希は呆然とそれを見ていた。
一体なんだったというのだ?
しかしふと気付いて、昴治に目を戻す。
白い光は、まだ二人を包んでいた。
そっと肩に手をかける。
「おい、アンタ……っ!」
そのとたん、昴治の体がまるで糸が切れたようにふらりと傾いて、
祐希は慌ててその体を抱きとめた。
「ちょっ…どうしたんだよ!?…おいっ!!」
声をかけるが、気を失っているらしい昴治は
ただぐったりと体を祐希に預けている。
「おい…。」
そっと体を揺すっても、昴治は意識を戻さなかった。
「……こう、じ…。」
名前を、呼んで。
祐希は腕の中の細い体をきつく抱きしめた。






---------------------------------補足ぅ!
だいぶん遅くなりましたが6話目です。
急展開ですね、わぁい。
でえっと、はい浮いてた男は一応ブルーです(笑)。
名前も出なけりゃ出番もこんなもんで、ごめんって感じです。
そして昴治の不思議なちから、と。
さてなんなんでしょうねv(サイテー)

つーか戦闘(?)シーン迫力ないっスね(^^;
いや、緊迫感というか…ねぇ…?


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