遠雷



空気が重く纏わり付くようで、祐希は不揃いの前髪を掻き揚げた。
『天気予報の受け売りじゃない"ほう"か』
朝〃今日はきっと雨だよ〃と言っていた声が思い出され、祐希は無意識に舌を鳴らすと家路につく。
『別に心配してんじゃねぇ。雨に濡れるのが・・嫌なだけだ』
自分に言い訳してみても、自然足は速くなる。
家に着く頃には少し上がっていた呼吸を整えると、祐希は玄関を開けた。
鍵はかかっていない。が、人の気配は無い。
雨こそ降っていないが雲が厚く空を被い、灯りの点いていない家の中は
灰色の空間と静寂だけがその存在を主張している。
視線を落とせば揃えられた靴が、持ち主の外出を否定する。
祐希はバッグを居間のソファに放り投げると、静かに心当たりへ足を向ける。
だが、階下にその姿は無く、祐希は鋭い視線を階段の上に走らせた。
今まで几帳面な兄が鍵をかけずに外出する事も、2階に居る事も無かった。
ならば今日の、その理由は?
施錠しなかった理由は鍵を持たずに外出した己の為だろう。
では、2階にいる理由は?
リヴァイアスに乗った事で兄の特技に加わった予報、そして、それは・・・
祐希はきつい眼差しとは裏腹の動作で、静かに自室の扉を開けた。
照明は点いていなかった。薄暗い部屋がもう一人の住人の不在を突きつける。
祐希は目を眇めた。
『どこにいやがる!?』
部屋から出ようとした祐希を僅かな風が引き止めた。
『窓が開いてる?居るのか!?』
祐希は躊躇った後、そっとアコーデオンカーテンを開いた。
だが、期待に反してそこには誰も居なかった。
鋭く舌を鳴らすと祐希は乱暴に開いてる窓に近付いた。
ガラスに手をかけたところで、窓の外、2階の壁に背を預け屋根に座る捜し人を見つけた。
風が髪を撫でるに任せ、昴治は遠くを見ていた。
「何をしている」
咎める口調にゆっくりと昴治は振り向いた。
「あぁ、お帰り、祐希」
気付いていただろうに、そう言ってまた顔を遠くへ向ける昴治の襟を、苛立たしげに祐希は掴んだ。
「何やってるって聞いてんだよ」
「雷が」
途切れた言葉に昴治の後方を見れば、灰色の雲海の奥で無言の光が時折燈る。
後ろに襟を引っ張られた昴治は、緩慢な動作で祐希に向き直ると襟を掴む祐希の手を取った。
たいして力は無いがその冷たさに、祐希は襟から手を離す。
「馬鹿かっ、アンタ!」
絞り出すような声に、昴治はやっと祐希の顔を見た。
「?」
自分を見つめる兄の顔に驚愕と、そして諦めが過るのに祐希は眉を寄せた。
不可解そうな祐希に構わず昴治は名残惜しそうに一瞬空を仰ぎ、部屋に戻る。
その伏した顔に諦観帯びた僅かな笑みを見つけ、祐希は奥歯を噛み締めた。
2階に居た理由。
そんなもんは、くだらねぇ。
振り払うように祐希は部屋を出た。


近くにあった温もりが足音高く遠ざかり、昴治は顔を上げ右肩をおさえた。
冷えた指先とは反対に、そこは熱を帯びている。
雨が近いと、はっきりしない痛みが昴治を苛立たせた。
薬で疼きは治まらないが気分は幾分か落ち着くので、効くまで八つ当たりしないよう独りで過ごす。
『祐希が早く帰ってきたのは予定外だったな』
昴治と祐希は滅多に顔を合わせない。
家に居ても祐希は2階の自室にいて、昴治が横を通っても顔を向けることは無かった。
『気付かれた?』
馬鹿かっ、アンタ!
そういう祐希は言葉と逆に辛そうで、昴治は逃避を諦めた。
『あおいや母さんだって気付いてない。まして、俺を避けてる祐希がまさか・・・ね』
ベッドに座ると昴治は音の無い雷を窓越しに眺めた。


迷惑をかけまいと気を回す兄。
目聡過ぎるが故に傷つく弟。
伝わらない気持ち。
伝えられない想い。
雷はまだ遠い。




すごいです・・!
すごく惹かれる小説でした。
続きないのでしょうか??
続きが読みたいのです〜vv
七月竜さん本当にありがとうなのですvv

FROM 八甲田吹雪
††御礼††きゃぁぁ〜vv
っと思わず叫んでしまいました。
昴治を心配してるのに
自分にまで「してない」と言い聞かせる
祐希がツボでしたっ!!
七月竜さま、ありがとうございました!
FROM 望月シオン



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