兄キの服は、はっきり言ってダサい。
まぁ、自分でいうのもなんなんだが、俺は服装には気を使ってる。
人にはそれぞれ性格や外見が違うように、似合う服装とそうでないものがある。
服装でそいつの性格がわかることだってある。
俺はそう思うから、自分が着る服ってのはよく考えて選んでる。
なのに、兄キは全然わかってないのか単に無頓着なだけなのか、何だか知らないがいつまでもガキみたいな格好して平気でいる。
いや…ちがうな。
あれでも一応まじめに選んでるつもりらしいから、たぶんセンスがないんだろう。
あいつはそういうやつだ。
だが、そう言っても仕方がない。
学校から帰ってくれば私服に着替えるのは当然だし、日曜日ともなれば一日中その格好でいることになる。
まあ、それでも自分で選んでるだけまだましか。
そんなわけで、多少ダサくても目をつぶることにしている俺だったが、今日はあまりにもひどすぎた。
日曜になると、兄キは時々図書館に行くとか言って朝から出かける。
そんな時、俺は寝たふりをしつつ毛布の影からこっそりチェックしているのだが、今日はいつもにもまして、あまりにも、決定的にダサすぎた。
「なんだそれはっ!!!」
「わあっ!」
いきなり飛び起きて怒鳴った俺に、兄キは驚いて立ち止まり目をぱちくりさせる。
しかし、絶句している俺を寝ぼけたと勘違いしたのか、
「なんだよいきなり。びっくりしただろ。」
唇を尖らせつつ文句をいい、思い出したように「おはよう」なんて付け加えて出かけようとする。
「まてよ!」
俺が腕を掴んで強引に引き止めると、兄キはムッとして表情を荒くした。
だが力で勝てないことはわかっているし、そもそも根がお人好しのこの人が無理矢理出て行けるはずがない。
「その格好で出かけるつもりかあっ!!」
俺はそう怒鳴って改めて兄キの服装を見た。
大きめのトレーナー、白。大きめっていうかでかすぎだ。体格考えろ。
穿き古したジーパン。いい加減捨てろよ。長さ足りてねえだろ。
前後ろに被った野球帽には"K"の文字。昴治のKか?昔のマンガかよ。
だが、それより何より一番許せないのは、日曜日まで学校に行くのと同じ白い靴下を履いていることだった。
「あんた、どういうセンスしてんだ!最悪だぞ!!」
本気で叫んでしまった俺に、兄キはきょとんとして俺を見返してきた。
「そ、そんなに変かな…。」
「変も何も、最悪だ!これ以上ないくらいな!!!あんた、バカだろ!?」
「な…なんだよ!そこまで言うことないだろ!何着ようと俺の勝手なんだから!!」
馬鹿呼ばわりされて、さすがの兄キもかなり怒ったらしい。
俺の手を振り払って出かけようとするのを、俺は離すどころか逆に強く引っ張った。
華奢な兄キはそれを阻止できず、バランスを崩してベッドに倒れこんでくる。
「痛いじゃないか!なにすん…わ!」
叫ぶ兄キに構わず、俺はクローゼットから手早く服を取り出し兄キの上に放り投げた。
そしてベッドに仁王立ちになり兄キを見下ろす。
「それに着がえろ。今すぐだ!」
「な、なに言ってんだよ!」
「いいから早くしろ!着がえたら出かける!」
「な…なんなんだよお前!わけわかんねぇよ!」
「わからなくてもいい!早くしろっつってんだよ!」
結局ものすごい俺の迫力に負けて、兄キはぶつぶつ言いながら着がえ始めた。
まったく、なにもわかってねぇ。
だいたいそんな格好じゃ、脱がすにだって雰囲気ってもんが……いや、そうじゃなくて!!
とにかく、そんな格好で街をうろつかれてたまるか!
「だいぶましになったじゃねぇか。」
試着をさせながら、俺は上機嫌だった。
「そうかな…。」
兄キは恥かしそうにうつむいているが、自画自賛してもいいくらいに俺の選んだ
服は兄キによく似合っていた。
まあ、当然といえば当然だ。
俺が前から兄キに着せたら似合うだろうと目をつけていたものの中で一番いいものを着せているのだから。
「でも、俺こういう色ってあんまり着ないし…。」
兄キは微かに頬を赤くして、鏡の中の自分を見ている。
明るいオレンジ色のジャケットはウエストのラインが強調される細身のデザインで、襟はセーラー状に背中に流されている。
あわせたパンツは白に近いベージュ。
太くも細くもないラインは俺のイメージ通りだ。
少し茶色がかったグレーの靴を履かせると、もう完璧に俺の趣味の入りまくった兄キの完成だ。
「だから着せてんだろ。」
俺はぶっきらぼうに言ったが、嬉しいのを隠し切れなくて
「いいな。うん、いい。」
そう言って少しだけ笑った。
俺の言葉にしゅんとしかけてた兄キは、続いた言葉と…そしておそらく俺が笑ったことにひどく驚いたらしい。
「ほ…ほんと…?ほんとに?」
瞳を真ん丸にして俺に問い掛ける。
「お、俺が選んだんだ、悪いわけあるかよ!」
「あ…そ、そうだよな。」
ぷいとそっぽを向いて答えた俺にうつむいてつぶやいた兄キだったが、俺が兄キの前で笑ったのが相当嬉しかったらしい。
そうだよとつぶやきながら気持ちを落ち着かせるように深呼吸する。
ためらいつつちらりとその横顔を盗み見ると、真赤な耳と目じりにきらりと光るものが見えた。
う…犯罪だ……。
そのままでいたら何だかやばいことをしてしまいそうな気になったので、俺はあえて兄キを見ないようにして言った。
「決まりだな。今日の俺は機嫌がいい。それは俺が買ってやる。」
「え?いいよ。俺自分で買うよ。」
「…俺が買ってやるって言ってんだよ。」
「わ、わかった…。」
俺の剣幕に、兄キは戸惑いつつ頷く。
ほんとにいいのか?って顔して俺を見てる。
鈍いな。気付けよ。
俺が買ってやるから意味があるんだろ。
レジに行って会計を済ませ、買った服を着て行きたい旨を伝えて再び試着室で着がえさせると、俺はかなり浮かれた気分で店を出た。
少し恥かしそうについてくる兄キは、さっきの究極ダサいのと比べると天と地位に違って見えた。
今日はこのままもう少し街を歩こう。
そう思っていた矢先のことだった。
「あっれー、昴治と祐希じゃーん?なにやってんのー?」
底無しに明るいむかつく声が、俺と兄キを呼び止めた。
俺としては無視しても良かったのだが思ったとおり、兄キは顔を上げると振り返って笑った。
「あ、イクミ。俺達は買い物だけど…。イクミは?」
「暇だったんで街を徘徊してたんだ♪いやぁ、こんなところで逢えるなんて運命感じちゃいますなぁ〜(はぁと)」
言いながら俺に挑戦的な目を向ける尾瀬イクミ。
…むかつく。
すげえむかつく。
こいつ兄キを狙ってやがる。
親友とかいって兄キにまとわりついて離れない。
しかも俺に見せつけるようにべたべたしやがる。
なのに兄キは全く気付かない。
男友達ってそんなもんだと思ってるのか、自分から肩を組んだりさえする。
俺でさえしてもらえないのに…この、クソやろーがっっ!!
めらめらと暗黒の炎を燃えたぎらせる俺をさらりと無視して、尾瀬イクミは兄キに話し掛ける。
「ところでさ、なんか今日の昴治ちょっと違わない?」
ぎくっ。うう…やばい。
「そ、そう?」
「そうそう。なんかいいよ。あか抜けた感じ。服のせいかな〜?」
内心はらはらしている俺に気付かず、兄キは照れたように笑って言った。
「俺、センス悪いみたいで、祐希が選んでくれたんだ。…似合うかな?」
「似合う似合う!いやあ祐希クン、君センスいいねえ。」
「いいって祐希。良かったね…はえ?」
よかったねじゃねぇ!!
俺は兄キが言い終わるのを待たずに、無理やり腕を取って走り出した。
「わわわ…!ゆ、ゆうき…!」
「あらぁ?どこ行くのかな、祐希く〜ん?」
「うるせえ!てめえはくたばれ!」
俺が殺意剥き出しの視線を飛ばすと、尾瀬イクミはにやりと笑い返してきた。
しかしその目はマジだ。笑ってねえ。
俺は一刻も早く兄キを尾瀬イクミの見えないところに連れて行きたくて、勝負は後回しだと言い聞かせながら急ぎ足に歩いた。
くそっ…なんで気付かなかったんだ!
兄キにちゃんと似合う服を着せたりしたら、今まで兄キのことをなんとも思ってなかった奴らが兄キの可愛さに気付いてしまうじゃないか!!
さらにたちの悪いことに、もともと兄キを付け狙っていた連中を喜ばせることになってしまう!
そんなのはごめんだ。
可愛い兄キを見るのは俺だけでいい。
他の奴らなんかに見せる必要はない。
だったらどうするか?
決まってる。
今すぐ家に帰ってやる。
親は日曜に休めるような仕事ではないので、二人きりだ。
他の誰にも見せるもんか。
兄キは俺だけのもんだ!
ずっと昔から俺だけのもんなんだ!!
ああもう、この際はっきり言っちまうけど、一番兄キを好きなのは俺なんだッッッ!!!
「ゆ、祐希!!」
半分暴走しかけていた俺に、兄キが話し掛けてくる。
「どうしたんだよ。話の途中だったんだぞ。」
「うるせー!黙ってろ!」
なんで気付かねえんだよ!!
「なんなんだよ、もう…。」
溜息を吐く兄キ。
それはこっちのセリフだッ!!
俺はもはや問答無用で兄キの手を引き自宅へと急いでいた。
少しでも早く、人の目から隠したい。
それなのに…。
カミサマって奴がいるとしたらそいつは敵だと、俺はその時確信した。
「あっ。」
兄キがふと見知った顔を見つけたらしく、俺を引き止めるようにして立ち止まる。
嫌な予感を感じつつ俺が振り返ると…そこにいやがったのは!!
「やあブルー。どこ行くの?」
「昴治か…。別に目的はない。お前は弟と一緒か。」
こともあろうに、そこにいやがったのはエアーズ・ブルーだった。
なんでこいつとこんな所で会うんだ!
俺は知っている。
こいつも兄キを狙ってる。
誰の意見も『俺に命令するな』とか言って聞かないくせに、兄キが言うと何気に言うこと聞きやがる。
しかも、兄キは全く気付かずに笑ってる。
見え見えだろーが!
すげえむかつく!!
しかしそんな俺の気持ちを知らない兄キは、ニコニコしてエアーズ・ブルーと話してる。
「お前…。」
「ん?なに?」
「いや…。」
言いながら、エアーズ・ブルーはちらりと俺に視線を送ってきた。
当然俺もにらみ返す。
負けてられるかよ!
マンガだったら火花が飛び散るくらい睨み合ってるのに、マンガみたいに兄キは気付かない。
「な、なに?え?なんて言ったの?」
うう〜〜っ!!!全くっ!
「行くぞ兄キ!!」
「わぁっ!!ど、どうしたんだよ祐希!?」
無表情で見送るエアーズ・ブルーを残して、俺は兄キを抱え上げ走り出しだ。
「ちょっ…ゆ、ゆう…きっ!」
背中をばたばたと叩く兄キ。
見えないのが悔しいが、それに構っている余裕はない。
俺はそのまま、猛ダッシュで街を走り抜け玄関に駆け込むとすぐに鍵をかけた。
ざまあみろっ!!
これでお前達に兄キは見えない!
俺は優越感に浸りながら抱えたままの兄キを下ろす。
「なんだよ祐希!」
当然怒っている兄キに、俺はさらに強く言い放った。
「いいか、その服を着て外に出るな。絶対だぞ!!」
「な、何だよそれ。じゃぁ何のために買ったんだよ?」
「何でもいいだろ!とにかく外で着るな。着るなら家の中で着ろ!いいな!」
「何だよもう!!!」
兄キは顔を真赤にして怒ってしまった。
そんなつもりじゃなかったんだが、でも…ほんとに嫌なんだからしょうがないじゃないか。
それは俺が兄キに買ってやったんだ。
俺の為だけに着るように。
俺だけが見るために。
その間は俺だけの兄キなんだ。
俺だけのものなんだ。
しかし兄キは、そんな俺を無視すると大きな溜息を吐きつつ階段に足をかけた。
分かってないのはわかってたけど…。
「祐希。」
落ち込みかけた俺に、兄キはふと思い出したように声をかけてきた。
俺が無言で顔を上げると、
「今日はありがと。」
少し照れたように微笑んで兄キが言った。
「今度何かお礼させろよな。」
「だったら…。」
「え…?」
ちょっとくらいわがまま言っても、兄キは許してくれるだろうか。
「だったら、キスしてほしー…。」
そっぽを向いて言った俺に、兄キが驚くのが分かった。
そりゃそうだよな。
俺なんかにそんな事言われたって…え?
頬に当たるやわらかい感触に顔を上げると、俺の顔を両手で挟んでニッコリと微笑む兄キがいた。
「兄キ…。」
俺がつぶやくと仕方ないなぁって顔してから、少しだけ伸び上がって額に軽くキスをする。
「…。」
まさか本当にしてくれるなんて夢にも思っていなかった俺は、なんのリアクションを返すこともできなかった。
兄キ…?
これってほんとにキスだよな…。
あんた本物の兄キだよな…?
え…、なんかすっげぇ嬉しいんだけど…。
でも、どうせしてくれるなら、額より唇の方が……。
優しく微笑む兄キを見つめて訳のわからないことを考えていると、兄キは急ににやりと笑い、俺の顔を挟んでいた手で頬を引っ張った。
「!!」
そして事態をいまいち把握できていない俺に言う。
「祐希は甘えん坊だな〜?」
「兄キ!!!」
馬鹿にしやがったのか!?
俺は反射的に拳を振り上げたが、一呼吸遅れたせいか兄キはそれを何とかかわし階段を軽い足取りで駆け上る。
「待てよ…っ!おい…」
叫んだ俺だったが、兄キの首筋から指先まで真赤なのを見てそれ以上言うのをやめた。
もしかして照れ隠しってやつか…?
なんて可愛い…じゃなかった、紛らわしいことすんじゃねえ!!
でも兄キの気持ちが嬉しかったので、俺は玄関に腰掛けると壁にもたれながらつぶやいた。
「やっぱ俺あんたが好きだ…。」
覚悟しとけよ兄キ。
俺はどんなことをしてでも欲しいものを手に入れる。
「俺は…本気だぜ?」
END
学校の靴下…。 ダメでしょうか? 私は別にいいと思うのですが…。(←おい?)